親の経済力を当てにせずとも、大学へ進学はできる。
「新聞奨学生」と検索すると、今でもあるので驚いた。
ボクが新聞奨学生だったのは、四半世紀も前の話しになるが、現在も様々な事情で、様々な想いを胸に、働きながら大学生活をおくる学生がいるのかと思うと、なんだか当時の記憶が熱く蘇ってくる。
そんな「新聞奨学生」時代の奮闘記を綴ってみたいと思う。
こんな人にオススメ
- 大学へ行きたいが学費が無い。
- 働きながらでも学びたい。
- 新聞奨学生ってなに?
- 実際にやってみてどうだった?
大学に合格したが。。
時は世紀末。
ブラウン管テレビにアナログ放送。
スマホなんてものは無く、ポケベルだったかな?
インターネットという言葉もあまり聞かず、電話回線を使ったパソコン通信が主流だったあのころ、ボクは高校生活の大詰めを迎えていた。
勉強が苦手なので、一般入試による進学は絶望的。
なのに全く焦っていなかったのは、一芸入学に近い形で、ひょんなことから推薦入試の機会を頂き、ちゃっかり合格してしまったからだ。
それまでの17年間、決して裕福ではなかったが、そこそこ普通の家庭で、そこそこ普通の幸せを享受してきた。
そして、これからも、そこそこ普通の大学生活をエンジョイできるものと思っていたのだが、大学に合格したころから、割と早急に、そこそこ普通の人生航路からハズれて行くのであった。
学費が無い
そ、そうか
受かったか!💦
合格通知にわかりやすく狼狽える父。
合格したのは良かったが、ひとつ問題があった。
合格したのは、私立の理科大学だったのだ。
要は、学費が高い。
我が家には、それだけの学費を工面する経済力が無かった。
しかし、それでも受験してみたのは、
「せっかく頂いた推薦枠だし、
受験しないのはもったいないネ」
と、とりあえず受けてみる的な角度であった。
そしたら、まさかの合格。
想定外ではあったが、今度は、
「せっかく合格したんだし、
辞退するのはもったいないネ」
と、どうにか学費を工面する方法を模索し始めた。
世の中、諦めなければ、何かしら前進するための方法が転がっているものである。
シンブンショウガクセイ
新聞?? 小学生?
高校生だけどもボク。
え?なに?ちがう?
両親が調べ始めるとほどなく
「新聞奨学生」
というものを見つけてきた。
新聞社が提供する奨学金制度である。
経済的に進学が厳しい学生でも、新聞販売所の業務に従事することで、給与はもとより、返済不要の奨学金を受けて学費を賄えるというものだ。
奨学金の額は業務内容により異なる。
朝刊配達だけのコースだったり、朝夕配達だけのコースだったり、何種類かの選択肢があった。
学業との両立を考えれば、朝刊のみのコースが理想的ではあった。
しかし、ボクの場合、私立の理系大学なので学費が割と高い。即ち、比較的楽ちんな配達だけのコースでは奨学金が足りないのである。
というわけで、選択の余地は無く、配達はもとより、集金やセールス、販売所の業務のほぼ全てを行うフルコースの一択であった。
ただ、この時。「新聞奨学生」は、まさに
「渡に船」
これなら親に一銭も負担をかけずに大学へ行ける!
などと、
目の前に一筋の光明が射したことに、ただただ感激していた。
しかし、ご存知だろうか、
勤労学生のまたの名を
「苦学生」
ということを。
その「苦」が
どれほどのものなのか、
当時のボクは知る由も無かった。
ただただ希望に胸を膨らませ、高校を卒業。
親元を離れ、大学のある東京へと旅立った。
配属
3月上旬。
入学までに仕事を覚える必要があり、少し早めの配属となる。
田舎から上京したボクは、とあるビルへ。
そこは学生たちと、各地の新聞販売所の所長たちで賑わっていた。ここで配属先となる新聞販売所が決まる。
販売所とその地域は、大学生活の基盤となる場所。言うなれば、第二の故郷になり得る場所である。
そこでの人間関係や職場環境が、大学生活の良し悪しを決定づけると言っても過言では無い。しかし残念ながら、販売所を学生が自分で選べるわけではないのだ。まぁ、選びようも無いが。
そして今、ボクの目の前には、スキンヘッドで腕っ節の強そうな、屈強で豪快な雰囲気の60代のオジサンが座っている。
この方が、縁あってボクがお世話になることになった所長。
これまでの人生で一度も縁したことのないタイプの人だ。
こ、怖そうだ。。
そして、ボクのほかにもう一人、同じ販売所へ配属になる学生がいた。
一浪したので一歳歳上のサヤカさん。
一人じゃないのは心強い。
顔合わせが済むや否や、ボクらは所長に連れられて、いよいよ販売所へと向かう。
販売所は、都心からほど遠く、電車で1時間以上もかかった。
車窓から見える景色は、高層ビルから背の低い建物へと、みるみる変わっていった。
瓦屋根の家々が見えてくると、畑まで見えてきた。
あれ?東京だよね?ココ。。思っていたイメージと違う。。
なんだか不安になり、いつしか心の中で、名曲「ドナドナ」が流れている。
「降りるよー」
所長の声で我に還る。
駅を出ると、そこは田舎と変わらないのどかな雰囲気だった。
沈みかけた夕日が眩しい。
いったいボクはどこまで来てしまったんだろう。。
たくさんの電車を乗り継いだから、もう、家に帰れる気がしない。。大都会東京・・・恐るべし。
販売所は駅から歩いて数分の場所にあった。
軒先には、たくさんのカブ(配達用のバイク)が並んでいる。
中に入ると、夕刊配達を終えて夕食を待つ学生達が数人。
そして明らかに学生ではない、金髪ロン毛でグラサンのお兄さんがタバコを燻らせている。
こ、怖そうだ。。
「はい。新人きたよー」
所長の呼びかけに、視線が集まる。
「よ、よろしくお願いしま」
「よろしく!」
食い気味で、金髪ロン毛でグラサンのお兄さんが反応してくれた。学生やアルバイトを仕切っている主任さん。見た目によらず気さくで、しっかりされた方のようだ。。
早速、人は外見だけじゃ判断できないことを学んだ。
この販売所では主任を中心に、6名の新聞奨学生と、1名のアルバイトで仕事を回していた。
そして、今月いっぱいで学生のうち2名が退所し、その交代でボクとサヤカさんが配属されるのだった。
簡単な自己紹介を交え、談笑しながら夕飯を頂く。
すこし緊張もほぐれた頃、所長が明日からの仕事について話し始めた。
「早速、明日から仕事を覚えてもらうよ。
使えなかったら実家に帰ってもらうからね。」
「は!?、はい。。」
すると周囲で、「またまたご冗談を」的な笑いが起こり、つられて笑っていると、
「はははは…。ウッ」
所長の全く笑っていない目と合う。。
これは本気(マジ)だ。
すると所長は主任に確認するように
「明日は何時集合?」
「そうだな。2時かな。起きれるか?」
午前2時!?
(起きたことねーからわかんねー😭)
ドン引きしながらも
「お、起きれます!」
と答えるしかない。
これまで仕事の経験といえば、知り合いの会社で、アットホームな雰囲気の中、短期間のアルバイトしかしたことがなかったボク。
さりげなく社会の厳しさをチラつかされ、明日から本当に大丈夫なのかな・・・と、一気に不安になるのであった。
同じ新人なのに、サヤカさんは毅然としている。
さすがだ。
住まい
当然ながら、販売所は仕事場であり、住まいは別にある。
近くのアパートが割り当てられる学生もおり、サヤカさんはアパートへ案内されていった。
そしてボクはというと、販売所二階の一室が割り当てられた。
明日への不安を抱きながら、緊張の面持ちで販売所を後にしたボクは二階へ案内された。
二階を案内してくれるのは、セカンドバッグが似合うナイスミドル。ではなく、貫禄十分だけど学生のイシダ先輩である。
香水なのか、香水と何かが混ざったのか、筆舌に尽くしがたい香りを漂わせており、たまに酸っぱい。
そんなクセの強そうな先輩と共に二階へ。
玄関のドアを開けると、真っ直ぐ廊下が続いており、奥に部屋らしき扉がある。
廊下の途中に脱衣所(風呂)、トイレがあり、冷蔵庫や水周りは共用だった。
先輩はおもむろに入っていき、案内を始めた。
「ここが脱衣所」
二畳程の空間に、古びた二層式洗濯機と冷蔵庫があった。
横に目をやると、なにやら黒ずんだ洗面台。
うっ。汚い。
「で、ここが風呂」
ガラガラガラガラ・・・
扉を開けると、黒ずんだ浴室。
ほんのりカビ臭い。
足元に目をやると、バスマットが汚い。
うぅっ。自然と顔が引きつる。。。
脱衣所を出て廊下を進むと、今度はトイレ。
「ここがトイレ。ちょっと汚いけど。」
ちょっと、じゃねー!!
しかも、臭っ!
洋式便器の周りの床が埃だらけ。
飛び散ったお小水に埃が被ったヤツ。
スリッパも汚い。履きたくない。
そして、ちゃんと洗っているのか甚だ疑問の便座カバー。座りたくない。
極め付けは、散乱するたくさんのちぢれ毛・・・
もはや、吐きそう。
共有スペースの掃除は学生たちでやることになっているらしいが、どうやらほとんど放置状態の様子。
唖然としているボクをよそに先輩は案内を続ける。
「で、ここがお前の部屋な」
恐る恐る扉を開ける。
お!!?
ここは汚くない。よかった。。
ちゃんとドアに鍵も付いてる。
6畳一間に、窓が1つ。
部屋にはポツンと14型のブラウン管テレビと
ドカッとレンタル布団が置かれていた。
実家からマイ布団や荷物が送られてくるまでは、このテレビと布団だけの空間で過ごすのだ。
ひとしきり案内が終わり、感謝を伝えると、イシダ先輩は隣の自室に消えていった。
緊張の連続だった一日、静けさの中、ようやく一人の時間が流れる。
今朝まで当たり前だった親元での生活環境が、いかに守られた環境だったかを痛感。
明日からの仕事への不安や、不潔極まりない居住環境へのショックなどで、いつしかホームシック気味に・・・
「ぅひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃ…
マジかよ〜オイー!
すげぇなそれー!
勘弁してくれよ〜!」
え!?なになに?どした?
誰かと会話してるのかな!?
独り言かな!?
なんだか、こ、怖いっす。。
時折聞こえる隣から奇声に、まさに始まった新生活を、否が応でも認識させられるのであった
とりあえず、壁は薄いようだ。気をつけよう。。
そういえば、安着したことを実家に連絡していなかった。販売所の近くに公衆電話があったのを思い出し、実家に電話をかける。
両親と会話。
海を越え、山を越え、田舎とは距離が離れているため、少し会話しただけで、みるみる100円玉が飲み込まれていった。
いよいよ始まる新生活。
不安や心細さをを吐露するも、
頑張ると決意し電話を切った。
いよいよ、波乱に満ちた大学生活が始まる。