【6. 嗚呼夏休み編】新聞奨学生で、自力で大学へ通ってみた

2023年1月4日水曜日

お父さんの思い出

t f B! P L
ふり返るあの頃「新聞奨学生」
大学の長期休暇。

多忙な新聞奨学生も、学業との両立を忘れて少しゆっくりできる?

業務上も連休が取れる!?

しかし、休暇は同僚の信頼関係の上に成り立つもの。

新聞奨学生の世知辛い連休事情に迫る。


続・二〇世紀末頃の新聞奨学生事情。

から続く。

この記事で判ること

    新聞奨学生って

  • 連休はあるの?
  • 帰省はできるの?
  • どんな人たちと働くの?

長期休暇の過ごし方

朝刊配達後、睡魔と戦いながら大学へ登校する。

大学から戻り、夕刊配達や業務の後に勉強やレポートをこなす。

だいたい午前0時までには寝て、午前3時には出勤する。

そんな新聞奨学生の過酷な日常が少し緩和されるのが、大学の長期休暇。

「通学」が無くなる分、時間的にも精神的にも、余裕ができる。

朝刊配達後、存分に2度寝できることが嬉しい。

特に夏休みは、大学の4限受講のために分散して取得している半休を、繋げて取得することが可能だった。

ちなみに春や冬休みは、そこまで期間が長くないことと、業務の中心がほぼ学生という状況であったため、全員が連休を取ることが難しく、帰省できるのは夏休みのみであった。

久々の帰省を励みに

東京の夏は暑い。道産子のボクには、地獄の日々だった。

エアコン無しには生きていけない。

500mlの清涼飲料水を、あっという間に飲み干してしまう。

信号待ちで止まっていると、


なんじゃこりゃぁ!


滝のように流れ出た自分の汗に驚いた。

流れ出る汗をヘルメットが吸収し、夏場のヘルメット置き場は、醸成された酸っぱい香りが漂う。

雨の日のカッパは、その極みである。なまら蒸れる。

いっそ、カッパなんか着ずに配達に出たい。

おまけに、大学が休みということで、いつもはパートのおばちゃんがやってくれる折り込みチラシの組み上げも、朝刊配達後に学生たちで行う。

こちらも作業場の暑さと、吹き出す汗、そして睡魔との戦いであった。

そんな究極の不快感を伴う夏の業務の最中にやってくる連休。そして帰省。

それはまるで砂漠のオアシスとも言うべき、一大イベントである。

しかし、その連休も確実に保証されたものではないのである。

時には、蜃気楼のように消えてなくなることがあった。

人材

ボクが配属になった年は、自分で言うのもなんだが、人材に恵まれていたと思う。

皆がそつなく業務を遂行し、自分の責任を全うしていた。

業務上、特に問題も無く、1年が平穏に過ぎていった。

初めての夏休み。帰省も当然のようにできた。

当時、それが当たり前の事だと思っていたのだが、必ずしもそうでは無いことを、自分が先輩になるにつれて知るのである。

毎年、人材に恵まれるわけではない。

人間、誰しも得手不得手があり、人格的にも長所短所がある。

懇切丁寧に教えても、なかなか順路を覚えられない。ということもある。

まぁ、それは仕方がないにしても、覚えられないのならせめて


それなりの努力誠意を見せるべきである。


もちろん、一人で勝手に覚えろと言っているのではなく、主任や先輩たちが優しく声をかけ、一緒に順路を回って覚えよう♪と手を差し伸べても

「いや、べつにいいっす。大丈夫っす。」

と、平然と言い放つのである。

頑張って覚えようとする気概や責任感が


全く無いのである。


これにはみんな、呆れるより仕方がなかった。

もはや何を根拠に「大丈夫」と言っているのか・・・。

案の定、翌朝まともに配達ができないのだ。

それでも、彼は姿勢を改めようとはしなかった。

そもそも仕事を舐めているのだろう。

あげく、事故を起こして辞めていった。

彼に限らず、これだけ過酷な生活を強いられる新聞奨学生である。

ある程度の覚悟や決意をしていたはずでも、1ヵ月にも満たないうちにリタイアする学生は少なくないのかもしれない。

4月。ここで学生がリタイアすると、その余波は、その後も長く尾を引くこととなる。

その男、前住所が公園

※一部汚い表現が含まれます。お食事中の方はスミマセン。

4月に入ってしまうと、新聞奨学生は各地の販売店に配属されてしまっており、代替要員として新聞奨学生を迎えることは難しいようだ。

リタイアした学生の穴を埋めるためには、「専業」と呼ばれる従業員を募集する以外にない。

「専業」には、配達や集金、セールスなどの業務が任されることが多いようだ。

既に大学が始まっているため、4限を受講する学生の休みを確保するべく、「専業」の募集が急務であった。

そんな中、募集に応じてやってきたのは、とんでもない男だった。


ある日、夕刊配達のため販売所へ降りると、恐ろしい異臭が販売所内に立ち込めていた。

そう、それは紛れもなく、


う○こ


の臭いであった。

しかし、それは「う○こ」から発せられたものではなく、

ひとりの男から発せられていた。


彼の名前はハヤセ。なんと、住所不定。40代前後だろうか。。

さっきまで近くの公立公園のベンチで生活をしていたというのだ。

いわゆる、ホームレスである。


あまりにも風呂に入っていないため、体臭が極限に達しているようだ。

髭や頭髪も不衛生に伸び放題。

帽子で押さえこんではいるが、収まりきらない剛毛は、帽子の縁からはみ出して大爆発していた。きっと、公園ではリアルに鳥の巣になっていたに違いない。

汚れなのか日焼けなのか、肌の色はかなり黒い。

分厚いメガネは手の油かなにかで曇っていた。

手には指先が破れた軍手を履いていて、服装はジージャンにジーパンだったが、何重にも重ね着をしているせいでパンパンだった。

間近でホームレスを目の当たりにしたボクは、この業界に対し、ある種の畏敬の念が沸いた。彼の背後に、人生や社会の厳しい一面を感じずにはいられなかった。

とはいえ、こんな素性も判らない男を、まさか雇うことにはならないだろうと、ボクは夕刊配達に出た。

夕刊配達を終えて戻ると、すでにハヤセの姿は無かったが、その残り香は半端なかった。

残り香なのに、まだそこに「う○こ」が置いてあるとしか思えないような激臭なのだ。

消臭には数日を要した。

しかし、ハヤセがいないところを見ると、どうやら採用には至らなったようだと旨をなでおろしていると、2階から隣人のイシダ先輩が下りてきた。

「所長~ ハヤセさんの荷物、4畳半の部屋に移動しときましたー」


!?


2階は3部屋あり、それまではボクとイシダ先輩だけが住んでいたのだが、確かに4畳半の部屋が空いていた。

素性不明の激臭漂うオッサンを、どうやら採用し、ボク等と同じ2階に住まわせるようだ・・・。

所長がおもむろに

「臭くてかなわないから、今2階で風呂に入ってもらってるから」


ごふっ(吐血)


受け入れがたい現実がボクを襲う。

前職ホームレスのオッサンと、一つ屋根の下、まさかの共同生活が始まろうとしていた。

同じ風呂に入ることには抵抗しかない。


夕食時、現れたハヤセは、丸刈りになっていた。

あの大爆発した剛毛がすっかり刈り取られ、まるでメガネの黒い少年である。

危うく吹き出すところだった。

所長曰く、臭くてかなわないから床屋にも行かせたらしい。

その床屋を襲った衝撃、いや、悲劇は、想像に難くない。

そして伝説へ

一緒に住み込みで働くことになった専業のハヤセ。

所長から少し前借したお小遣いで、たばこを買って吸い始めた。

やっと手に入れた生活費で、いきなり趣向品を買ってしまったようだ。

大丈夫か!?このオッサン。。いろんな意味で不安しかない。

タバコをくゆらせながら、初任給で30型のテレビを買おうかな~とか、賄いのおっちゃんとしょうもない話をしては、

「おふぉ! おふぉっふぉっふぉっふぉ!」

と、不気味な笑い声を響かせていた。

いい歳こいたオッサンが、中学生の自慢話ような話しかしないので、学生はみな呆れていた。

ともかく、仕事さえしっかりしてくれればと、まずは様子を見た。

ハヤセは短期間で順路を叩きこまれ、早々と配達に駆り出された。

配達を重ねる中で、順路や配るべき銘柄も覚えていき、配達の精度は上がっていくものだが、彼の場合は一向に良くなる気配がなく、不着・誤配が頻発した。

そして、交通事故も起こした。

よそ見をして、一時停止を止まらずに飛び出し、横から衝突されたらしい。

ほぼ10:0でハヤセに非がある状況だ。

衝突の際、ボンネットに乗り上げたため、幸い無傷であったようだが、

いきなりボンネットに、丸刈りの黒いガキみたいなオッサンが乗り上げてきたのだから、さぞ相手の方はびっくりしたことだろう。

事故後も反省の色は無く、賄いのおっちゃんと、楽しげに事故当時の話を武勇伝の様に披露するハヤセ。

メガネには見事にヒビが入って、いっそうキャラが際立ってきていたが、所長の逆鱗に触れ始める。

その後も着実に不着・誤配を繰り返し、事故も1度ならず2度までも起こし、さすがの所長も我慢の限界に到達しようとしていた頃、とうとう決定打となる事件が起こった。

なんと販売所に


警察がやってきた。


ハヤセはいつも、配達の帰りが異様に遅い。

配達に時間がかかっているものとばかり思っていたら、どうやらハヤセは配達の合間に、民家の「のぞき」や、「下着泥棒」を働いていたらしい。

通報され、現行犯逮捕となった。

後に判ったことだが、近くのコンビニの女性店員にも、セクハラまがいの行為を働いて、苦情がきていたらしい。

とんだエロオヤジだったのだ。

こうして、1ヵ月弱という短い期間にも関わらず、まるで1年は居たんじゃないか!?というくらいの濃密な幾多の伝説を残し、ハヤセは去って行った。

きっと、どこかの公園のベンチで過ごしているのだろう。。。

一つ屋根の下で同じ釜の飯を食べていたことが信じられない。

無断欠勤で幻の夏休み

そんな波乱に満ちた状況で、夏休みが近づく。

例年通り、みんな連休を取得して帰省を予定していた。

4月に学生がリタイアし、その穴埋めで雇った専業は1ヵ月で伝説、いや、クビとなったため、更にその穴を埋める、新たな専業が必要だった。

更なる募集に、サイト―という男が現れた。

彼の場合は、配達とセールスを担当することになった。

しかし、このサイト―、雇われて間もなく黒い噂が発覚した。

そもそも、都内の新聞販売所を転々と渡り歩いている男らしく、

急な欠勤や、無断欠勤が多く、以前勤めていた販売所をクビになった、とか

集金の金を持ち逃げした、なんて話まであった。

なので、今回、集金は任せられてはいないのだ。


痴漢の次は、ドロボーだったかもしれない男とは、恐ろしい。

しかし、あまりの人手不足に、そんな黒い噂があっても雇われたのである。

販売所はまさに、猫の手も借りたい状況。

そんなサイト―だが、人当たりは良く、当初、そんな酷い人間には見えなかった。

心を入れ替えたのか、そもそも噂にすぎなかったのか、しばらくは特に何も起きず、販売所の業務は安定したかに思えた。

しかし7月頃、サイト―に異変が起こり始めた。急な欠勤をし始めたのである。

大抵、子どもの体調不良が理由であった。

しかし理由はどうあれ、急な欠勤は、本来休みだった人が突然叩き起こされて出勤することになるのである。

休みの人にとって、これほど恐ろしいことは無い。

それはちょうどボクの隣人、イシダ先輩が休みの時に起こった。

叩き起こされたイシダ先輩は、もの凄く不機嫌に出勤してきて


ふざけんな!!

ぶっこ○す!


的な愚痴をまき散らしながら新聞を積み、怒りのオーラを炸裂させて朝刊配達へと出て行った。

もはや、「お気の毒に・・・」としか言いようがない。

そんな暗雲立ち込める中、とうとう8月に突入。

学生が連休をとるため、急な欠勤を慎むよう、所長からサイト―へ改めて釘が刺された。

「はいはい、申し訳ない。」

サイト―の軽い返答に、みんな一抹の不安を覚えるのであった。

こうして、2人の学生が無事に連休を終え、いよいよボクの番となった。

どうやらサイト―も今月ばかりは欠勤しないで頑張ってくれそうである。

たのむ!

そう心で祈りつつ、朝刊配達後、すぐに空港へ向かい、午前の便で久しぶりの北海道へ。

2泊3日という貴重な連休である。

家族、友人らとの再会を詰め込めるだけ詰め込んだ、弾丸帰省なのである。

初日、家族と再会し、久しぶりの一家団欒。積もる話に花が咲いた。

久しぶりの我が家、朝刊配達を気にせず眠れる幸せを噛み締めた。

しかし、悲劇は突然やってきた。

2日目の朝、PHSが鳴った。

おもむろにディスプレイを見ると。

うっ・・・

電話の主は「所長」だ。

日頃、所長からボクのPHSに電話がかかってくることなど滅多にない。

なんだろう。。。

もはや嫌な予感しかしない。


受話ボタンを押すのを躊躇った。

しかし、まさかな・・・

と恐る恐る受話ボタンを押した。

しかし、これが運の尽きだった。

所長は、心底参ったような声で訴えてきた。


「いやぁ~、サイト―が無断欠勤したよ~」

「しかも、連絡が取れないんだよ~」


今回はとうとう朝刊配達を無断欠勤し、その後、連絡も取れず、夕刊配達にも出てこなかったらしい。

このままバックレる可能性大とのこと。


よりにもよって

なんでボクの連休中に

そんな暴挙に出た!?


なんかボクに恨みでもあんのか!?

ふつふつと怒りが込み上げてくる。。


「申し訳ないけど午後の便で戻って、明日の朝刊から配ってくれ。じゃ」



はぁ!? 今日中!?



ブツっ、ツー、ツー、ツー・・・

それは、こちらに選択権など一切無い、一方的な命令であった。

2泊3日を予定していた幸せな帰省のひと時が、突如として幻のように霧散し、1泊2日で終了したのである。


おのれ、サイト―!


マジ、ぶっこ○す!


かつて、人間に対してこれほどまでの殺意を覚えたことはなかった。

イシダ先輩の気持ちが、痛いほど良くわかった。

ってか、電話に出なきゃよかった。。

悔やんでも悔やみきれず、しばし放心状態となった。


我に還り、これから会う予定だった友人たちに詫びを入れ、予定をキャンセルした。

久しぶりの再会を喜んでくれた家族も、残念だけど仕方がないねと、急遽戻ることになったボクを見送ってくれた。

空港は8月の繁忙期である、ほぼ満席で、空席はキャンセル待ちである。

運よく?夕方ころにキャンセルが出て、不本意ながらも夜のうちに販売所へ戻ることができた。

こんな虚しい帰省は二度とご免である。

こうして、その後もサイト―は戻らず、ボク以降の学生も連休が無くなり、帰省することができなくなった。

結局、サイト―の替わりが見つかり、業務が落ち着いたのは秋頃だった。

新聞奨学生をしていたことで、得難い経験をしたことには違いなかった。

つづく

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プロフィール

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40代、二児の父親です。 北国育ちで在住。寒いけど冬が美しいので北国が好きです。 思い出や、日常に思ったことを書き留め、それが誰かの何かの足しになったら、こんなボクの人生にも意味があったというもの。 「クスッ」としてもらえたら幸いです。

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